凡人の凡人による凡プレイ備忘録

2023年12月4日にサービス終了した『実況パワフルプロ野球サクセススペシャル』の(あまりに名残惜しいのでしばらくの間は続くと思われる)思い出話を今はまだ中心に、色々な、というか私がプレイしているゲームやその他もろもろを気の向くままに書いてます。なお攻略記事ではありません。あと、凡プレイ紹介ですので、スーパープレイを見たい方は回れ右。(笑)

さようなら2025年、はたして今年はどんな年だったのか

というわけで本日が2025年最後の日です。

明日からは2026年ということで、はたして今年(2025年)はどんな年だったのか。

これを今年も振り返ってみましょうぞ。

 

1.今年はもうこれがすべて。サクスぺ並みにハマったロマンシングサガ2

サクスペがあった6年間を含めて、私のプライベートのほとんどはゲームが占めてしまうんだけど、今年はもうこれ一本ですね。

 

ロマンシングサガ2~リベンジオブセブン~」

リマスターのことは知らないけど原作はSFCで実に30年くらい前にリリースされたRPGなんだけど、私もリアルタイムでやったはやったんだけど、完全に忘れてしまっていて、最初のクジンシーのところをやっと思い出したくらいでした。

ここでは職業をクラスって言うんだけど、それはいくつかは覚えていたかなぁ? ってくらい。中身は完全に忘れてしまっていて、だから逆に面白かったんだけど、面白過ぎてまさか1年間、飽きもせずにやり続けたなと。

 

まあ、正直言って、今のインターネットで情報収集する世界が当たり前になった時代ってのもあって、「あれ? ロマサガ2ってこんなこともできたん?」ってのがものすげーあって、それがさらに新たな気分でプレイさせてくれたのも手伝ったかなと。

んまあ、フリーシナリオってことで、やるたびになんか違う発見があるんで、それが飽きない最大の理由なんだと思う。あとグラフィックも綺麗だし。

 

だからと言ってもちろんロマサガ2ばっかりやってたわけじゃないけど、他にやったゲームと言ったらこれくらいしか思いつかなかったりします。

HD-2D版「ドラゴンクエストⅠ&Ⅱ」。

実のところまだ、真EDは見ていなかったりします。そろそろ戻りたいんだけど、実は、1つでっかいポカをやらかしていることが分かったんで、たぶん、もう一回最初からになるかなと。

 

でもこのⅠ&Ⅱも面白かったですよ。ブログ中で何度か言いましたけど、これまでのリメイクと違って、凄く話が膨らんでいるから。

特に、この新キャラクター。

サマルトリアの王女がいい味出してました。

この新鮮さが特に良かったと思ってます。今までのリメイクって去年のHD-2D版のⅢ、同じく、今年のⅠにしろ、「パーティーに新キャラ追加」があったわけじゃないんで、まったく違うⅡに触れた感がありましたわ。

それと、リベサガやDQ3と1と違って、パーティーメンバーが固有キャラですから喋る喋る。しかも(例えちゃ悪いけど)日本ファルコムの軌跡シリーズと違って、イベントシーンが長過ぎることもなく、程よく挟まる感じで本編操作のバランスが結構絶妙だった感がありました。

 

まあさっきも言ったけど明らかに一つ盛大にミスってるんでもう1周は絶対にすると思う。

 

ちなみに話をリベサガに戻して、実のところ、何やら「レア見切り」と言われるこの見切りは今日(12/31)、取得しました。

幻惑剣と、

次元断です。

2つともクリア後でないと見切りチャンスがないうえに、しかも次元断に至っては見切り必要レベル不明の超激レア見切り、らしいんだけど...

たぶん、これ、必要見切りレベルは幻惑剣より低いんじゃね? 使わせる条件が面倒なだけで、使わせたら一発目で見切れたから、そう感じたんだわ。

 

まあ、2回目はやらんけどな。

 

面倒過ぎるから難易度がそうでもない「1周目」じゃないとできねーよと。

 

てのが今年のリベサガの締めくくりでした。

まあ、あと2つ。まだ見切っていない、しかも、見切り必要レベルがMAXの2つが見切れていないから見切りコンプの道は険しいんだけどね。

 

2.生成AIの進化が留まることを知らない。要らなくなるのは人よりも「説明書」?

てことで、やっぱりこのAIにも触れておかねば。

私の場合、ブログではこんな感じでイラストしか載せていないんだけど、

今や生成AIは生活よりも「仕事場」での浸透が急速に進んでいて、実のところ、私自身も仕事では結構使っています。

レポートや文書だけでなく、「エクセル計算式」や「データ集計」でも。

例えば、エクセル計算式だと、これまでなら「何を集めてどんな計算をしたいか」を自分の頭の中で整理して、本やネットで探って、それこそ様々な関数計算と組み合わせて、やっとの思いで組み立ててきたものが、エクセルの理屈とか法則とかを完全無視して、「こうしたいんだけど」とAIに振れば、たいてい答えが返ってきて、それを調整しながら仕上げていく、って感じになるのが、凄く頼りになるし、時短にもなるってことで、これほど便利なものは今まで感じたことなかったんだけど、同時に「危うさ」も覚えたのも生成AIが初めてでしたわ。

 

そして、これからはAIと向き合うための課題がこれだと思う。

 

あまりに何でもかんでも振ってしまうと「何も考えなくなってもよくなってしまう」という現実が生まれると同時に「真に受けてしまう」危険性を孕んでいること、ではなかろうか。

事実、AIは問いかけている人に対して否定せず、むしろ「肯定の立場」に立って、その人の考えに沿って会話を進めていく傾向があるから、こうなると、結論は明らかに二極化するのが目に見えている。一つの事柄について是の流れでも非の流れでもある一定の根拠を示してくるから、人によってはまったく違う「肯定された」考え方が示されるわけで、これだとどう考えても考え方は二極化するのは目に見えている。

インターネット上でよく目にする「人は自分の都合のいい情報ばかり見に行く傾向がある」がさらに強化されてしまう、ということだ。

 

だから生成AIと付き合うときは、今以上に「是非」を持つことが大切になるし、逆に自分から「反対意見」を求めることをクセづける必要があるだろう。なんせAIは「反対意見」であっても、一定の根拠を示してくれるからだ。

これをやらないと考え方はマジで二極化する。これは争いしか生まないので、本当に危険だと思う。

 

趣味でAIを使うことは別に構わないと思う。こんな風に。

私自身が自分で描くから分かるんだけど、この2枚を作ろうとしたら時間単位でも足りないし、現実、

このトレースイラストは完成するのに1年かかったのだ。

これがAIに任せれば相当時短になるのは確実だし、私自身、自分で絵を描くことが好きだから、自分の頭に思い描いた構図が即座に形にできるならこれほど便利なものは無いと思う。

 

でも、特にイデオロギーで使う場合は相当の注意が必要になることがこれからAIを使うにあたっての一番の懸念事項だろう。

 

ちなみにイラストレーターの間ではこのAIイラスト生成について、否定的な見解を持っている人が結構多いことは知っているんだけど、実はこの「AI生成 vs 手描き」論争の構図、2000年代前半、もっと言えば21世紀当初に同じことがあって、この時ちょうど、CGが席巻し始めた時期なんだけど、その時も「手描き vs CG」論争が巻き起こったんだけど、これとまったく同じなのだ。

やれ、手描きと違ってCGには温かみがないだの心がこもらないだのと言った具合に。

でも20年どころか10年も経たない内に、その論争は終息を迎え、今ではCGでも「手描き」と言われるくらい利用している人が相当数に上っているわけで、私からすれば、今の「生成AI vs 手描き」論争もその当時とまったく同じにしか見えないんだよね。

 

まずもって、間違ってはいけないのは「手描き」で「絵」が描ける人ってのは、実は今でもなんだけど、「一部の特別な人」でしかないのだ。技術という意味がないこともないけど、それ以上に「本格的な道具と場所と時間を揃えることができる人」という意味で。

でもCGの登場によって、「道具」と「場所」が「身近」になったから「絵を描ける人」が21世紀になって爆発的に増えた。それは「敷居が下がった」ということなのだ。

そのことは私にとっては同じ趣味を持つ「仲間が増えた」としか思わないし、CGによって、今まで自分の技術ではどうしてもできなかったことができるようになったこともある。

それは「悪いこと」なのか? 

それを「悪いこと」にしているのは、「自分が特別な人間だ」と思い込んでいるからじゃないのか?

もちろん、どんな世界だろうと「特別な人間」はいるよ。でも果たして、本当に自分は「特別な人」と言えるほどなのか?

ここを思い違えている人が今、生成AIを悪者扱いにしている気がする、と言ったら偏見だろうか。

 

生成AIにしたって、今はまだいくらでも弱点というか欠点はある。

特に「個性」を真似することはできないし、多分、これからも「できない」。

これは、現実、AIが「データを整理して最大公約数での答えを出してくる」というのが特性である以上、「個人レベル」の模写ができないことを意味しているのだ。

ここが生成AIを疑問に思う人たちが一番気にしているところでもあるんだけど、その人たちに言いたいのは「自分のタッチを真似されることはあり得ない」ということを知ってほしいということだ。

事実、私は自分のイラストを「読み込ませて」模写を要求したけど、一度たりとも「それになった」ことがなかった。

もちろん、AIは折衷でイラストを生成してくるけど、それが「自分のタッチ似ている気がする」と思ったなら、それははっきり言って驕りではなかろうか。

なぜなら、「自分のタッチに似ている」のであれば、それだけ「自分のイラスト」が世界を席巻していることになるからだ。そこまでのレベルに果たしてあなたは居る自信があるのか? と問いかけたいと思う。

正直言って私は自分をそこまで過大評価できないわ。

 

もっともだからこそ、私は自分で絵を描く立場でありながら生成AIを受け入れることができるのかもしれない。

いつもの魔女っ娘VSシリーズ(今回はVSサタン)だけど、現実問題、私にはこのレベルの絵を描く技術はないし、実のところ、これでも自分の思い描いたものとはまだ違う部分は多々あるのだ。

でも、ここまで表現してくれる生成AIは頼りになると思っているし、結局は使い方次第、としか思わない。

 

「できないことを補ってくれる」ことに対して、どうして嫌悪感を抱くことができようか。それが私の生成AIに対する考え方である。

 

おぉ。年末総括のつもりでAIについて語ってきたけど、自分の結論が導けたじゃないか。(笑)

 

 

てことで今年はこの2つでいいかなと。

去年と一昨年は「時事」も取り入れたけど、今年はやめておこう。

...というか、今年締めの文章が「時事」に当たると思う。

 

まず、去年、一昨年と、私はまったく同じ「来年の目標」に掲げたのだが、今回もそれにしたいと思う。

というか、これはマジでそうなってほしいという願望に近いものになっているのが「今の日本」だからだ。

 

特に10月後半以後、テメエの馬鹿さ加減を思いっきり曝け出したネトウヨ界隈の妄言を声高らかにほざいた総理がいまだ、その過ちを認めることなく、ケツ捲って逃げ続けている現実があるからだ。

しかも世界報道自由度66位という、民主主義国家としては世界から一切信用されていない日本のゴミメディアがそれに呼応して、嫌中意識と中国脅威論を煽りまくっている。

あたかも90年前のように。

さらに言えば、インターネットの世界でもネトウヨという高市自民が血税をばらまいて雇った国賊工作員が大量にアシストしていて、オールドメディアもインターネットも非常に危険な状態になっている。

特にインターネットは世界中が見ているわけで、これでは日本がマジで「おいおい戦前回帰してないか?」と思われても仕方ないわけで、こうなると、本当に90年前同様、自作自演(当時は満州事変)を起こして中国に戦争を吹っ掛けかねない。

 

先に言っておくが、台湾有事は「世界の常識」では起こり得ないし、中国が日本を攻めてくることもない。なぜなら中国は有史以来、「他国を武力で侵略したことがない」国だからだ。(華僑の是非はここでは問わない)

というか、中世以降、特に20世紀になってからだと、「日本以外の国」では、唯一、イラクを除けば他国に侵略戦争を仕掛けたことはない。とは言え、そのイラクも「本当に仕掛けたのか?」と問われると少し怪しい気はするが。(有名なところで油まみれの鳥はハリウッドの映像だったという話がある)

 

だから戦争になるとすれば、「日本から中国に仕掛ける」以外の答えはないのだ。

新聞テレビ、インターネットは盛んに中国脅威論を喧伝しているが、あれこそ「プロパガンダ」の典型例だ。それに騙されないことを願うのみなのだが、正直、日本国民の民度を思うと望み薄か...

 

私の望みは、綺麗ごとだと言われようとこれなのだ。

このAIイラストは民族衣装で東アジアの5か国を指しているんだけど、こうやって、政治経済の垣根を越えて、お互いがお互いの主張を尊重し、みんなで手を取り合って平和に暮らせることなのだ。

だから今年も「来年の目標」はこうする。

 

来年の今日を平穏無事に迎えられるように、

 

と。