凡人の凡人による凡プレイ備忘録

2023年12月4日にサービス終了した『実況パワフルプロ野球サクセススペシャル』の(あまりに名残惜しいのでしばらくの間は続くと思われる)思い出話を今はまだ中心に、色々な、というか私がプレイしているゲームやその他もろもろを気の向くままに書いてます。なお攻略記事ではありません。あと、凡プレイ紹介ですので、スーパープレイを見たい方は回れ右。(笑)

現代社会に一石を投じる物語。しかし、はたしてその「石」を拾う者はどれだけいるだろう

というわけで今回は、最近気になっているマンガのお話。

それがこちら。

grandjump.shueisha.co.jp

私が、このブログで紹介しているドラフトキング同様、グランドジャンプ(月の第1、第3水曜日発刊)に掲載されている連載漫画の一つです。

 

どうしてこの話に私が魅かれるかと言いますと、今の日本、それも「全世代」に向けて、とても大事なことを投げ掛けているからです。

 

特に3/6(水)はかなり、切れ込んでいまして、それをご紹介いたします。

今回は「勉強とは何ぞや」のお話。

そこから繋がる今の日本が抱える大きな問題も浮き彫りになってます。

物語的には、この展開は「勉強」から続いているんだけど、この3コマだけでも充分。

この時はこのお話の例えとして「野球部の理不尽なルール」について言ってんだけど、はっきり言って、この世の「理不尽なルールに従ってる」のは、このブログを読んでいる「あなた自身」にも覚えがありませんか?

というか、「仕方ない」で済ませるのもアレなんだけど、それよりも「無い」と答えたとしたら、それこそ「思考停止」だってことを白状しているものです。

 

だって、「考えることすらしていない」ってことになりますから?

Do you understand?

 

んで。

このお話の良いところは、「どうしてこうなるか」に切り込んで来るところです。

さらにここまでツッコミを入れてきます。

んまあ、私もこれは同意ですね。

さらに突っ込めば、今の日本政府の与党たる自公維+国民民主国賊反社集団の国会議員は①にすら到達していません。

そして。

「勉強とは何か」、「学び」とか何か。

ところで、みなさんが考える「勉強」って何ですか? 「学び」って何ですか?

 

「テストでいい点数を取るため」だったり「なにかの試験に合格するため」だったり

とか、考えていませんか?

 

まあ、不正解ではないですが、これだと「暗記」ですよ。勉強ですらありません。

ちなみに、私が考える勉強とは「知識を得ること」だと思ってます。

「暗記とどう違う?」と問われる人が居ましたら、まずは「知識」と「暗記」の言葉の意味の違いを「自分で」調べてみてください。そこにすべての答えがありますから。

 

さて、この漫画の作者にとっての「勉強」とは何でしょうか。

そして、それをどう「学び」に繋げていくのでしょうか。

今回は「ゲーム」に例えてくれてますのですげー分かりやすいです。

とまあ、こういう感じですね。

説明要らないくらい分かりやすいです。

あえて補足するなら、

①は常に②をやるときに手元に置いて。

②は常に③をやるときに手元に置いて。

③は常に④をやるときに手元に置いて。

となります。だって、そうしないと「前にやったことを忘れてしまっている可能性」があるからです。

 

んまあ。もし今、実況パワフルプロ野球サクセススペシャルがサービス継続していたなら、それで例えても良かったんだけど、無いゲームで例えても仕方が無いので今回は血涙を流しつつ割愛します。

 

そして。

私もこの漫画の作者と大体同じ考え方してますけど、ここが違いました。

惜しいなぁ。

断言するけど、「この国」ってのは「日本」を指すんだけど、悪いけど、この考え方だと日本は①にすら半分までしか到達していない状態を「勉強」と言っていることになります。

なぜなら、①が「知識を得ること」とあるけど、「知識」ってのは「理解」して初めて「知識を得る」になるわけで、ちょっと周りに聞いてみると分かるけど、「知識を理解していない人」ってのは馬鹿みたいに多いわけで、これは「暗記」って言います。

だから「理解するまで」を①にするなら、日本では①すら完遂していないことになるわけで、それに気付いてほしかったなと。

でもなあ。

この作者も分かっているっぽいんだけどなぁ。

だって、こういうコマを入れてきたんだから。

これって①だけでも説明つくんですけど、だから、ここまでを②としているのが惜しいなって。

ゲームだって「アイテムを得る」は①なんだけど、それって「効果」までを覚えないと意味がないわけで、「アイテムの名前」だけを覚えても仕方ないわけで「どういう風に使うか」、「どんな時に使うか」を覚えることまでやんないと「知識」と言わないわけで、「使ったことが無い」なら②でいう練習さえもしてないわけで、というか「練習」も①でしないわけで、問題集やテストってのも①の確認事項でしかないってことに気付いてほしかったなと。

だから②までも到達していないってことです。

 

ちなみに。

「私のここでいう②」は、

 

「実践」して「得た知識の正否を確認する」

 

だと思ってます。

だって、そうしないと「現実にどうなるか」を「認識できない」じゃないですか。

んで、これを「理解」というのではないかなと。

ちなみに上のゲームに例えるなら、「冒険に出て実際に敵と相対してみる」でしょうか。そうすると「アイテムの使い方」や「練習したことの成果」を認識できるわけですからね。

 

んで、その後に③④が来ることは同じです。

③を「疑うこと」にしてますけど、「多角的に考えること」でもいいかなと。

④は「モンスターを倒す」というよりも「如何に効率的にモンスターを倒す」かも?

するとどうなるか。

もちろん、ゲームに例えるとこんな感じ。

 

要するに「学び」とは「物事を自分自身で解釈できるようになること」を指すわけです。

ああ、それでも、これを言っとかないといけないけど「自分自身で」ってのは「知識を理解したうえで」の話な。

単なる「暗記知識」を「自分自身」とは言わないんで、その点は間違えてほしくないです。

現に今の日本でも「デフレ」とか「インフレ」とかメディアが連呼してるけど、その意味は誰しもが「中学時代」に習うわけで、その「意味」を今の現実に当てはめた時、はたして、それは本当に「デフレ」というのか? 「インフレ」というのか? と考えてみれば、「スタグフレーション」だってことを瞬時に「理解できる」んだけど、かなり残念ながら「スタグフレーション」まで到達していない人はかなりの数に上るわけで、だからそれを「暗記」でしかなく、「得た知識を何の役にも立ててない」ということですわ。

 

とは言っても極めて残念なことに。

「知識を得ない方が楽」ってのは確かで。だから「自分で考察せずにメディアの情報を鵜呑みにする」人が大多数で。

現に日本人の大半は「何も学ばず流されるままに生きている人」で占められていて。

これが日本の凋落に歯止めがかからないことに繋がっているんだけど。

この現実に気付くには、ちゃんと「自分で学んで考えることが出来る人」になるしかないんだけど。

 

それゆえに。

 

このお話から投じられた一石を、ちゃんと拾える人は、仮に目にした(読んだ)としても。

はたしてどれだけいるのやら...